大判例

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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)3010号 判決

控訴人 東京急運株式会社

右代表者代表取締役 島完志

右訴訟代理人弁護士 高芝利仁

被控訴人 是枝正

右訴訟代理人弁護士 甲野太郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年三月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文と同旨。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二丁裏六行目と同七行目の間に改行して次のとおり加える。

「5 右主張が認められないとしても、被控訴人は、日栄開発の代表取締役として、日栄開発が昭和五八年一一、一二月ころ、極度に経営資金に乏しく、一〇億円もの大幅な債務超過に陥っていた会社であり、資金調達の見込みのない状態にあることを知りながら、同和団体が二億円を要求して圧力やデモをかけたため、いったん頓挫した銀座のプロジェクトを、その直後に安易に日栄開発一社で引き受け、全日本同和事業連盟及びその総本部長と称する梅田良一の信用、影響力、見通し等についてはほとんど調査しないまま、当時取締役を退任していた小室脩に一任し、小室は、誓約書その他の見返りをなんら入手することなく、漫然、昭和五八年一一月一〇日に額面合計九七五〇万円の約束手形(数十枚)を、更に、同年一二月に額面合計五〇〇〇万円の約束手形(二二枚)を梅田に交付し、そのまま放置したものであって、右プロジェクトがいったんは頓挫した経緯、右同和団体及び梅田の信用力等に照らして考えれば、同プロジェクトのリスクは極めて高かったにもかかわらず、被控訴人及び小室は、右事実を看過し、安易に梅田の言を軽信した過失により、本件手形を含む額面合計一億四七五〇万円にも及ぶ約束手形を振り出し交付し、その結果、控訴人に本件手形金相当の損害を与えたものであるから、被控訴人には、民法七一九条、七〇九条に基づく不法行為責任がある。」

二  原判決二丁裏七行目の「5」を「6」と改め、同行の「被告に対し、」の次に「主位的に」を、同八行目の「原告」の前に「予備的に民法七一九条、七〇九条に基づき」を、同一〇行目の「年五分の」の次に「割合による」をそれぞれ加える。

三  原判決三丁表八行目の「始め、」を「被控訴人は、当初、」と改め、同丁末行の次に改行して「3 同5の事実は争う。」を加える。

四  原判決三丁裏二行目の冒頭から同三行目の末尾までを「控訴人の右自白の撤回は、結審後二か月も経過した後に、再開申請をした上、なされたものであるから、時機に後れたものとして許されない。また、本件自白の撤回は、真実に反するものではなく、錯誤に基づくものともいえない。」と改める。

五  原判決五丁裏五行目の「本件」の次に「原審」を加える。

理由

一  請求原因1ないし3の事実及び同4の事実中、被控訴人が日栄開発の代表取締役であること、日栄開発が銀座の土地のプロジェクトを推進するにあたり、居住者の立退きを実現するため同和団体の幹部に本件手形を含む多額の手形を振出し交付したが、手形だけ取られ、同和団体の協力が得られなかったことは、当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、当初、右争いのない事実のほかに、請求原因4のその余の事実もすべて認め、同和団体の幹部に本件手形を含む多額の手形を振り出し交付した点につき、日栄開発の代表取締役としての職務の執行に重大な過失があったことを認めたが、後に右自白を撤回したところ、控訴人は、右自白の撤回は時機に後れたものであるとして異議を述べるので、以下、この点につき判断する。

1  本件記録によれば、本件審理の経過について、次の事実を認めることができる。

(一)  控訴人は、昭和六〇年三月一〇日、被控訴人と日栄開発外一名とを共同被告として、東京地方裁判所に対し、本件訴えを提起した。

右訴訟の第一回口頭弁論期日は、同年四月二六日に開かれ、同期日には、原告である控訴人の代表者が出頭したものの、被告ら全員が不出頭であったため、控訴人代表者により訴状の陳述がなされただけであったが、被告らのうち、被控訴人を除く二名の関係では弁論が分離されて結審となり、その判決言渡期日が指定された。

他方、被控訴人の関係では、次回弁論期日が同年六月一四日と指定された。

(二)  右同日開かれた第二回口頭弁論期日においても、控訴人代表者は出頭したものの、被控訴人は不出頭であったため、同期日は延期され、第三回口頭弁論期日が同年七月一九日と指定された。

なお、その間の同年六月二一日、被控訴人を除くその余の被告ら二名に対しては、控訴人全部勝訴の判決が言い渡された。

(三)  しかして、被控訴人は、同年七月一九日、甲野太郎弁護士(以下「甲野弁護士」という。)に訴訟の追行を委任し、それに伴い、同日開かれた第三回口頭弁論期日には同弁護士が被控訴人の代理人として出頭し、同弁護士は、控訴人からの本訴請求に対し、請求棄却の判決を求めた。

(四)  そして、同年九月二〇日開かれた第四回口頭弁論期日において、甲野弁護士は、同日付準備書面を陳述したが、同書面中の「請求原因に対する答弁」の中には「四、同(請求原因)七項記載事実は認める」と記載されていた。ところで、訴状の請求原因七項には、「被告是枝正は、被告会社(日栄開発を指す。以下、同じ。)の代表取締役として、本件手形振出当時、被告会社がこれを決済できる見込みが全くなく、手形所持人に損害を及ぼすことを熟知しながら、あえて右約束手形を振出して原告に右約束手形金相当額の損害を被らせたものであるから、取締役の職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったものというべきであり、商法二六六条の三の規定により原告の被った前記損害を賠償する責任を免れない。」との記載があるから、被控訴人は、右請求原因七項の記載事実をすべて自白したものというべきである。

(五)  そこで、控訴人代表者は、同年一〇月二四日、原審裁判所に「被控訴人は、訴状記載の請求原因事実のうち必要な部分を全部認めており、これと既に提出された甲号証とによれば、判決を言い渡すのに十分であるので弁論の締結を希望する。」旨記載した同日付準備書面を提出した。

しかして、同年一〇月二五日開かれた第五回口頭弁論期日において、控訴人代表者は出頭したが、甲野弁護士及び被控訴人はともに不出頭であったため、同期日は延期され、第六回口頭弁論期日が同年一一月二九日と指定されたが、同期日も甲野弁護士及び被控訴人は不出頭であった(もっとも、同期日の指定が被控訴人側に告知されていたかは記録上明らかではない。)。原審裁判所は、同期日に、控訴人の申請に基づき、被控訴人本人尋問の採用を決定し、昭和六一年三月一二日の第七回口頭弁論期日において、被控訴人本人を取り調べることになった。

(六)  そして、右同日開かれた第七回口頭弁論期日においては、控訴人代表者と被控訴人本人が出頭し、甲野弁護士は不出頭のまま、被控訴人本人の尋問が実施された。そして、原審裁判所は、同期日に、職権で、商工組合中央金庫東京支店に対する印鑑届のコピーの送付嘱託を決定し、第八回口頭弁論期日を同年四月一六日と指定した。

(七)  右第八回口頭弁論期日においては、控訴人代表者と被控訴人本人が出頭した。控訴人代表者は、同期日において「昭和六〇年一〇月二四日提出原告準備書面に記した通り、本件では被告が請求原因事実を認めているし、たとい今後被告より訂正等があるとするも、昭和六〇年一〇月二五日、同年一一月二九日、本年三月一二日の三回の期日に何も訂正されなかったし、弁護士の代理人もついているので、民事訴訟法一三九条により時機に後れた攻撃防御方法として却下の決定をなすべきである。」と記載した昭和六一年四月一五日付準備書面及び手形の振出につき被控訴人に重過失がある旨記載した同月一六日付準備書面を陳述し、証拠として約束手形、元帳等の甲号証を提出した。

(八)  そして、昭和六一年六月四日、第九回口頭弁論期日が開かれ、同期日には、控訴人代表者と被控訴人本人が出頭した。しかるに、同期日には、控訴人代表者が送付嘱託にかかる印鑑届を甲号証として提出したほかは、他に何らの訴訟行為もなされなかったので、そのまま弁論が終結され、判決言渡期日が同年八月二七日と指定された。

(九)  ところが、同年八月一八日に至り、甲野弁護士から同日付の上申書により「答弁書記載中、請求原因七項につき、否認すべきところを認めると誤記したので、弁論の再開を申し立てる」旨の弁論再開の申請がなされた。そして、右上申書には、右認否の訂正と、被控訴人が答弁書において本訴請求の棄却を求め、請求原因の結論部分について争う旨の意思を表明しており、かつ、控訴人に対し損害賠償義務の発生についての具体的事実の主張を求めているので、弁論の全趣旨からして被控訴人が請求原因七項についても争っていることは明らかである旨の主張とが記載されていた。

原審裁判所は、これを受けて、同日、口頭弁論の再開を決定し、第一〇回口頭弁論期日を同年一〇月一日と指定した。

(一〇)  右期日においては、控訴人代表者と甲野弁護士が出頭した。控訴人代表者は、同期日に、被控訴人のなした自白の撤回につき、時機に後れたものとして異議を述べたが、原審裁判所は、そのまま審理を進め、その後、被控訴人の申請に基づき昭和六二年二月二五日の第一三回口頭弁論期日及び同年四月二二日の第一四回口頭弁論期日にわたり、被控訴人本人の尋問を行い、同年七月一五日の第一五回口頭弁論期日には、控訴人の申請に基づき控訴人代表者の尋問を行って、同日、弁論を終結し、同年九月三〇日、原判決が言い渡された。

2  右に認定した本件審理の経過によれば、被控訴人は、昭和六〇年九月二〇日の原審第四回口頭弁論期日において、本件訴状記載の第七項につき自白したまま、第五回口頭弁論期日に欠席し、その後、昭和六一年三月一二日の第七回口頭弁論期日に控訴人の申請に基づき被控訴人本人の尋問が行われ、かつ、同年四月一六日の第八回口頭弁論期日には、控訴人より、被控訴人が請求原因事実を自白している旨の指摘まで受けながら、被控訴人においては何らの措置もとらなかったものであり、更に、その後同年六月四日に開かれた第九回口頭弁論期日にも何らの主張をしなかったため、原審裁判所においては、判決をなすに熟したものと認めて一旦弁論を終結したものと推認される。

しかるに、被控訴人は、右弁論終結後二か月以上をも経過してから、初めて、答弁書記載中の請求原因の認否に誤記があったとして、弁論の再開を求めたものであるが、右に認定した本件訴訟の進行状況に照らして考えると、答弁書の記載中に右のとおりの誤記があったとすれば、被控訴人としては、前記自白をした後弁論終結に至るまでの間に、これを撤回する機会が十分に与えられていたものというべきところ、その間に右認否の訂正につき何らの主張をもせず、格別の措置もとらないまま、弁論の終結を迎えているのであるから、その後弁論再開申請にとともになされた本件自白の撤回の申し出は、訴訟の完結を著しく遅延させ、時機に後れたものといわざるを得ない。

そして、右のとおり、被控訴人には弁論終結前に右自白を撤回する機会が十分与えられていたと認められる上、その代理人として弁護士が受任していた事実にかんがみると、被控訴人には、自白の撤回の申し出が後れたことについて、重大な過失が存するものと解さざるを得ない。

従って、被控訴人による本件自白の撤回は許されないというべきである。

三  そうすると、被控訴人は、請求原因1ないし4の事実を全部自白したものというべきところ、その自白にかかる事実によれば、被控訴人に対し前記損害金五〇〇万円及びこれに対するその損害発生後であり、かつ、被控訴人に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年三月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は理由がある。

四  よって、控訴人の本訴請求を認容すべきところ、これと異なる原判決は失当で本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 前島勝三 笹村將文)

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